樽見鉄道株式会社
企画営業課主任 河瀬 七留美
◆はじめに
樽見鉄道は岐阜県の西部に位置します。松尾芭蕉『奥の細道』結びの地である大垣市にある大垣駅を出ると、JR東海道本線と並走し、岐阜県三大河川のひとつ揖斐川を渡り濃尾平野を北へ北へと走ります。国指定天然記念物である「根尾谷淡墨ザクラ」の近く本巣市の樽見駅までを結ぶ全長34.5キロ全19駅の路線です。本巣駅より北部では、山の中を揖斐川の支流である根尾川を縫うようにトンネル9カ所、橋梁を10回渡りながら自然美をお楽しみいただけます。
当社は昭和59(1984)年10月6日に旧国鉄樽見線から転換され、令和6(2024)年10月6日には開業40周年を迎えました。今回の寄稿では、私が入社してから見つけた魅力や新しい取り組みをご紹介します。

樽見鉄道線路線図
◆「樽鉄」沿線の魅力
鉄道そのものだけでなく、その地域まで目を向けることも鉄道旅の醍醐味です。3つのテーマに分けて、沿線を楽しむ旅のプランをご提案します。
(1)まず、旅といえば食事が楽しみと思う方が多いです。「グルメ旅」のオススメは、夏から秋にかけては木知原駅周辺のやなで鮎料理に舌鼓。また甘柿の中でも最高品種といわれる富有柿発祥の地が沿線にあります。織部駅に隣接している「道の駅織部の里もとす」では、ワンハンドフードで気軽にジビエを楽しむことができますし、富有柿ソフトは、ここでしか食べられない限定品です。
(2)次に「歴史と名湯でリフレッシュ旅」のススメ。谷汲口駅前には、当社開業から平成2年まで活躍したオハフ客車が佇みます。桜と紅葉の季節は、谷汲山華厳寺がオススメです。西国三十三所観音霊場の第三十三番目として巡礼の終着駅「満願寺」として知られています。もう少し足を延ばせる方は、「美濃の正倉院」とも呼ばれる両界山横蔵寺へ。約200年前に即身成仏したという妙心法師のミイラが安置されています。谷汲口駅に戻ったら、歩いて約10分の所にある名湯、谷汲温泉で締めくくりましょう。とろんとした肌触りで湯上りにしっとりとすることから「美肌の湯」とも呼ばれています。
(3)最後に紹介する「自然と文化にふれる学び旅」は上級者向けコースです。まずは水鳥駅の地震断層観察館へ。館内には濃尾地震よってできた断層を保存、展示しています。上下の変位が6メートルにもなることから学術的な価値が高く、国の特別天然記念物にも指定されています。終点樽見は、桜以外の季節は立ち寄る目的が無いと思われがちですが、年に数十日しか開館しない「さくら資料館」には淡墨ザクラの展示はもちろんのこと、根尾地域の民俗資料、天然記念物「菊花石」や恐竜よりも古い時代の化石の展示もあります。興味が湧いた方はお帰りに、大垣城の石垣を眺めに行きましょう。「日本古生物学のメッカ」とも呼ばれる金生山から切り出した石灰岩を使用しているため、石垣に太古の生物が化石になって入っています。天守にばかり目が行きがちですので、石垣を眺めていると玄人認定されること間違いありません。
◆「樽鉄」の地域との取り組み
①40周年記念イベント
前述のとおり、当社は令和6(2024)年10月6日には開業40周年を迎えました。これを記念して、同年10月27日には本巣駅で大規模なイベントを初めて開催しました。この「たるてつまつり」は地元の文化クラブと共に作り上げたもので、計画段階から多くの方々に携わっていただきました。車両との綱引きや車内アナウンスのコンテスト、洗車機体験や軌道自転車体験など全11ブースでは子どもから大人までが夢中になり、文化クラブが主となったミニ機関車乗車ブースとなりきり運転士撮影ブースはひっきりなしに子どもたちが訪れていました。来場者数が1,000名以上の盛況ぶりで、絶賛の声を多くいただきました。

車両と綱引き

ミニ機関車乗車
②市民駅長10周年
無人駅を沿線住民がボランティアで管理する「市民駅長」の制度が令和7(2025)年4月に10周年の節目を迎えました。当社は全19駅のうち17駅が無人駅で、18名の市民駅長がいます。担当駅の掃除や草刈り、見回り、さらにはイベントの開催などを行っていただいています。社員による各駅巡回も行いますが、どうしても行き届きにくい部分を市民駅長がカバーしています。担当駅近くに自宅がある方が多く、駅の快適な環境維持に大きく貢献していただいています。
駅舎の管理に地域住民が携わることで、沿線住民との結びつきが強まり、市民駅長を中心に鉄道への理解の輪が広まっていると実感しています。

市民駅長10周年
◆「樽鉄」の新たな試み
①小説列車
大垣出身の作家・中村航さんとコラボした新企画「小説列車」を始めました。樽見鉄道を舞台に書き下ろしていただいた新作小説『桜の約束』と、1日フリー乗車券のセットを販売しています。鉄道ファンや小説ファンに限らず、オリジナル小説を楽しんでいただいたうえで小説に登場する主人公の旅路を参考に乗車して、沿線上の各地域で観光を実体験していただく新しい形の鉄道旅です。沿線の名所や風景を物語として再発信することで、観光資源としての鉄道の価値を再認識する狙いがあります。
この企画が、当社の観光利用者を増やすとともに、歴史ある岐阜の鉄道文化の魅力発信や持続可能な観光資源の創出のきっかけになればと考えています。

作家中村航先生

小説列車記者会見
②冷酒列車、クラフトビール列車
鉄道とお酒の親和性が高いこと、なにより担当者がお酒好きということから始まったグルメ列車です。冷酒列車は、担当者が沿線の酒蔵をすべて巡った上でこの夏に飲んでほしい2本を選び抜いています。今年は「みぞれ」の飲み方も提案し、凍ったお酒を振りながら飲むエンタメ性も加えました。織部駅周辺が古田織部生誕の地ということで、地元の文化クラブによる織部焼のお猪口で飲むスタイルも好評です。クラフトビール列車は、沿線のビール会社2社と惣菜屋とコラボしました。ビール2社は製造を始めたばかり、総菜屋は店舗を持つために活動中というどちらも新進気鋭のブランドです。
三セク鉄道の役割のひとつは地域貢献・地域活性化だと考えます。沿線の美味しいもの、新しい事業者とコラボという形で応援し、活性化への想いを地域へ還元しています。

冷酒列車


クラフトビール列車
③除雪車乗車体験
当社には、神岡鉄道が廃線となったあとに譲り受けた除雪車があります。これを譲り受けてからは積雪による終日運休はありません。地域の足を守る重要な役目の除雪車は、当社では終着から始発までの真夜中に動かします。そのため以前から「動いているところが見たい、できれば乗ってみたい」という声を聞いていました。皆様ご存じのとおり除雪車の乗り心地はお世辞にも良いとは言えません。それも含めてアトラクション感覚で楽しんでもらおうと遊び心を持って企画しました。全国でみると、除雪車に乗る体験をされている事業者様は多いようですが、実際に乗って走行できるところはほとんどないそうです。参加者の中には、北海道で見た除雪車に感動して忘れられず、こういった体験ができることが感無量だと遠方からお越しになった方もみえました。
④運転体験
昨年から5回ほど開催している計1.8㎞の運転体験は、300mを3往復運転する体験会です。個人でたっぷりと実車を運転できる体験ができないかと考えて発案しました。体験距離が長いため1名15,000円とやや強気の設定ですが、お子さまの参加も多いです。当社のイベントは「たくさん思い出を作って、帰り道も思い出に浸れる」体験を目指しています。ですので、この運転体験は参加者1名につき何名でも無料で同伴できるプランになっています。過去には「パートナーにも鉄道の良さを感じてもらいたい方」や「長期休暇の思い出作りに一家全員で参加した方」もおみえになりました。
ご自身で運転した車両には愛着がわきます。体験会を通じて鉄道を身近に感じ、樽見鉄道ひいては鉄道業界を支えてくれるお子さまが少しでも増えてしてほしいと思います。

鉄道専門学校運転体験
◆おわりに
当社沿線においても人口減少や少子高齢化は確実に進んでいて、その中でも持続可能な移動手段を確保することは、都市部よりも切実なものがあります。当社も決して黒字経営ではありません。事業者としての経営努力はもちろん必要ですが、沿線に暮らしている人たち、観光にお越しになる人たちに応援してもらえる鉄道でなくてはならないと考えています。地域に、そして利用者にとっても近い距離で関わりあえるということが、大手にないローカル鉄道ならではの特長です。その特長を生かし、これからも皆様に親しんでもらえる鉄道を作っていきたいと思います。