えちごトキめき鉄道株式会社
相談役 鳥塚 亮
(前代表取締役社長)
(現大井川鐵道代表取締役社長)
1.はじめに
今年の6月まで新潟県のえちごトキめき鉄道の社長を務めさせていただきました鳥塚亮です。現在は静岡県の大井川鐵道に居ります。
第3セクター鉄道は大きく分けて2つあります。1つは旧国鉄の特定地方交通線を地元が引き継いだ鉄道。こちらは幹線から分岐する支線が多く、非電化で小さなディーゼルカーが走っているようなローカル鉄道です。
もう1つは並行在来線と言われる路線で、新幹線の開通を条件に県や沿線自治体がそれまでの〇〇本線と呼ばれた幹線を引き受けたところで、えちごトキめき鉄道はこれに当たります。
並行在来線の特徴としては、貨物列車が走る路線が多く、つまり、地城輸送だけではなく、国家の大動脈として機能している路線という特徴があります。
と、ここまでは読者の皆様方はすでにご存じの通りで、釈迦に説法のようですが、ありがたいことに私は旧国鉄の特定地方交通線を引き継いだ会社と、並行在来線という、同じ第3セクターでも全く成り立ちの違う2つの会社の代表を15年にわたって務めさせていただきました。
・並行在来線沿線地域の覚悟
さて、その並行在来線ですが、たいていの場合、新幹線というのは県庁所在地を通ります。北陸新幹線の場合は長野、富山、金沢、そしてこの春の延伸開業した福井と、各県の県庁所在地を結んでいますが、沿線では唯一新潟県だけが県庁所在地を通りません。
新潟県は40年以上前の昭和の時代に県庁所在地にすでに新幹線が到達していますから、北陸新幹線の新潟県区間に当たるえちごトキめき鉄道は県庁所在地を通らない並行在来線であり、他の県の区間のように県庁所在地近隣の地域輸送のような、ある程度まとまった需要というのが期待できません。
皆様ご存じのように、新幹線延伸でJRの手を離れて第3セクターへ移管される並行在来線区間というのは、もともと収益性が見込まれない区間です。その証拠に、例えば長野県のしなの鉄道は長野ー篠ノ井間はJRのままですし、九州の肥薩おれんじ鉄道も熊本-八代間、川内-鹿児島中央間はJRのままです。
つまり、高い需要が見込まれる(黒字化が可能な)区間はJRから移管されることなく、新幹線開業後もそのままJR路線として運行が継続されますから、第3セクターへ移管されているところというのは「赤字が必至」である路線であり、そのためには開業前からきちんとした経営支援対策が取られていなければなりません。
では、えちごトキめき鉄道はどうだったかというと、当時の県政の状況もあったとは思いますが、支援体制としては実にお寒い状況でした。赤字が必至と言われている並行在来線を支えるための地域の仕組みができていませんでした。地域として「新幹線はうれしいけど、在来線を支える気はない」という状況でしたから、私の目で見たら並行在来線を請け負う地域の覚悟ができていなかったように見えました。
・それでもやらなければならない
当時の市長に言われました。「会社が赤字なのは経営者としての経営能力が足りないからだ。」当時は並行在来線としての開業4年目。その社長に向かって「お前の経営能力が足りない。」と市長が言うのですから私は笑ってしまいました。売り言葉に買い言葉。「市長、この市は黒字ですか?
自主財源率はどれだけですか?この市が赤字なのは市長の能力が足りないからということですね。」第3セクターの社長が株主の自治体の長に向かってそういう発言をするのですから、周囲はヒヤヒヤものだったと思います。
でも、市長だって並行在来線が黒字にならないことはわかりきっているわけですから、「お前、おもしろいことを言うなあ。確かにその通りだ。」となるわけで、市の幹部職員の方々も苦笑いをしながら新任の社長を温かく受け入れてくれました。これが今から5年前の2019年9月のことです。
では、なぜ私が市長に向かってそんな生意気な発言をしたかというと、並行在来線問題というのはすでに表面化して久しい時期でしたから、通り一遍のきれいごとではどうにもならないと考えたからで、腹を割って本音で話し合って取り組まなければ会社が立ちいかなくなるのが見えていたからです。
国、県、沿線市がそれぞれの立場を主張していたのでは利用者である地元住民が不在になります。人口減少や過疎化、地球温暖化による気象の変化など、地域鉄道を取り巻く環境は厳しさを増すばかりですが、自分たちの地域に新幹線が開通したということは、それまでともすれば東京まで夜行列車で行っていたような地域が日帰り可能になったということですから、新幹線が地域にもたらす恩恵というのは計り知れないものがあるわけで、それと引き換えに「お約束」として引き受けた並行在来線は、赤字体質ではありますが、「それでもやらなければならない」ということなのです。
・地域に必要な存在になる
いすみ鉄道のような旧国鉄の路線を引き継いだ鉄道は、もともと国が放棄した路線を地域が引き受けたという経緯がありますから、いわゆる「マイレール意識」が高く、沿線住民の皆様方は、自分たちの鉄道を自分たちで守るという活動を長年続けて来ています。ところが並行在来線となると、沿線はどちらかというとお荷物を背負わされた感が強くあり、マイレール意識はあまり感じることはありません。えちごトキめき鉄道の沿線も当初私はそうだと考えていました。ところが実際に地域に入り込んでみると、驚いたことに地域住民の皆様方はマイレール意識が大変強く、自分たちの鉄道という考えが浸透していることに気づきました。
例えば地元直江津の小学校では「鉄道の町、直江津」という研究学習があり、5年生になると1年間かけて鉄道の歴史や役割を調べています。高田の小学校でもご要望に応じて鉄道会社の幹部職員が出向いて出前授業をやっています。小学生が「鉄道の町」と言うということは、親の世代、祖父母の世代が「鉄道の町だ」と言ってくれていることになります。明治19年に日本海側で最初に鉄道が開通した地域ですから、それだけ地域の皆様方にとっては鉄道が大変に身近な存在なのです。
「並行在来線はお荷物だ」というのはどうやら世間が考えているだけのことで、地元としては決してそんな意識はないということに気づかされました。地元の人たちは鉄道に対する思いがある。だったら、その思いにきちんと応えなければなりません。私は地域の皆様方にどうしたら鉄道が必要な存在になれるかを考えることにしました。
・観光列車が地域の宝になる
鉄道が地域にとって必要な存在になる。第一義的に申し上げれば、交通機関として日常的にご利用いただくということです。これは当たり前のことではありますが、今の日本の地方都市でその機能を果たすのは県庁所在地などの中核都市周辺だけのことで、人口数万人程度の地域であればどこでも車社会ですから、車社会の皆様方に「地域の足としてのご利用を」と申し上げたところで掛け声だけに終わってしまいます。
では、どうしましょうか?そう考えていたところにコロナ禍が始まりました。私が就任してわずか数か月のことです。これにより需要が激減しました。全国的に地域鉄道が取り組んできている観光列車需要もほぼゼロになりました。
えちごトキめき鉄道では開業翌年の2016年から観光列車「雪月花」を運行してきています。当時はちょうど4年目でした。雪月花は地域の食を楽しめる豪華列車です。住民の皆様方はこの列車のおもてなしにいろいろと協力していただいておりまして、レトロな衣装でお出迎えをしていただいたり、沿線で雪月花を見かけると手を振っていただいたりと様々なことをしていただいていました。でも、豪華列車ですからそれまでの4年間、お出迎えをしたり手を振ったりで、実際にご乗車いただくことはほとんどありませんでした。
考えてみれば住民の皆様方にとっては手を振るだけの存在であればお召列車と同じようなものですね。「自分たちには縁がない列車」となってしまいます。折からのコロナ禍で、観光客が誰も来なくなりました。観光列車は走ることなく毎日車庫で眠っています。ところが、観光客が来ないばかりではなく、地元の皆様方も県外へ出ることができなくなりました。いつもなら休みの時はディズニーランドへ行こうと考えている地域の人たちがどこへも行かれなくなったのです。
そこで私は遊ばせている観光列車に地元の方々を乗せてみようと考えました。地元の人たちですから1人何万円も払うことはできません。だから、豪華なお料理は出しませんが、地元民だけが購入することができる「じもパス」という1500円の1日フリー乗車券で乗っていただく仕掛けを作りました。そうしたら1400人のお客様からお申し込みをいただきました。雪月花は40名乗りです。お申込みいただきましたのはすべて地元の方ですから、40名様で終了というわけにはいきません。何回も何回も地元の皆様へ向けた雪月花の特別運行を行いました。ふだんなら家4人で乗れば10万円コースです。でも地元民なら一人1500円で乗れる。子供は半額の750円です。こうしてどこへも行かれない新潟県民の皆様方に雪月花にご乗車いただきました。その後、行政と連携して市民限定運行や親子ご乗車プラン、あるいは地元の学校の修学旅行企画列車としてコロナの間、何十回と地元向け運転を行いました。
これによって、それまでは手を振るだけのお召列車だった列車が自分たちの列車になったのです。
コロナは去りましたが、雪月花は今でも地元の皆様に愛されていますし、そのご声援にお答えするように、折を見て地元の皆様方へ向けた特別企画を提供しています。
・観光列車で活性化
雪月花の他にも国鉄形車両を使用した観光急行列車を導入しました。雪月花はどちらかというと年齢層の高い人向けの列車であるのに対し、国鉄形の観光急行は乗車券の他に500円の急行料金で乗れることから若い人たちにも人気で、日本で唯一となった国鉄急行電車をお目当てに全国から乗り鉄さんたちが集まるようになりました。
こういう状況が起きると沿線の皆様方も新しい取り組みをしていただけるようになりました。富山県との県境にある市振駅では観光急行列車の発着に合わせて、ふだんは無人駅ですが、地元の有志の方々が駅で観光客向けの対応をしていただいたり、能生駅では笹寿司の販売が行われたり、スイッチバックの二本木駅では駅舎の中に喫茶室ができたり、日本海が見える有間川駅でも駅舎にカフェがオープンしたりと、地元の皆様方が様々な取り組みをしていただけるようになったことも、地域鉄道として地域と一体になることで「地域に役立つ鉄道」として使命を果たせるようになったと考えます。
・これからの並行在来線の在り方は
このようにして地域と一体となって地域と共に頑張っているのが並行在来線ですが、やはり大きな問題は特急列車が走らなくなった後の過剰ともいえる設備の維持管理でしょう。もちろん、貨物列車が走るためには必要な設備であり、その維持管理にはある程度の金額を国が出してくれていますが、それとて満足な額ではありません。この国では上下分離を唱える声が10数年前から聞かれていますが、その上下分離というのは県と沿線の自治体が下の部分を所有する議論です。ところが本来の上下分離というのは公設民営で、その公というのは国を示します。貨物列車が走り国家の大動脈と言われる並行在来線をどうして沿線の小さな自治体が支えなければいけないのでしょうか。現状は、本来国が支えるべきものを見て見ぬふりをしている感が否めません。モーダルシフトが叫ばれる中、もう少し国がしっかりと関与する仕組みづくりが必須であり、それが無ければこの国の生命線は何かあればもろく崩れ去る危険性があります。
また、並行在来線は県単位で運営されています。つまり、県境で分断されている状況です。北陸本線も新潟県(えちごトキめき鉄道)、富山県(あいの風とやま鉄道)、石川県(IRいしかわ鉄道)、福井県(ハピラインふくい鉄道)そしてJR西日本(敦賀ー米原)と5つに分断されてしまい、各社ごとに本社があり、指令所があり、車両基地がある状況です。こういう形が正しい姿であるとは誰もが思いません。
また、そもそも論として第3セクターという形態が果たして現状に即しているのかということも疑問です。第3セクターというのは「官の信用、民の活力」という1980年代に誕生した考え方で、言うなれば「父親の時代の考え方」です。実際に40年が経過してみて果たしてうまく行ってるいのでしょうか。
公設民営という上下分離論も含めて、株式会社の経営経験がない公務員とJR退職者の60歳以上のお爺さんたちの経営集団が、この国の鉄道を正しい方向に導いていかれるのかどうか、私は15年にわたる第3セクターの社長経験者として問題提起したいと考えますが、皆様方はいかがお考えでしょうか。
日本の鉄道の更なる発展を願ってやみません。大井川鐵道で皆様方のお越しをお待ちいたしております。