土佐くろしお鉄道株式会社
取締役総務部長 松 下 和 清
1.第二の人生のスタート
はじめに、私事で大変恐縮ではございますが、令和4年3月に定年という人生の節目を迎え、長年に亘りお世話になった高知県を退職し、同年6月から現職場で第二の人生の再スタートを切りました。
思い起こせば、定年を迎えるにあたり定年後に迫る第二の人生をどう生きていくのかといったような人生設計を具体的に考えることも全くなく定年が訪れた感じがしています。
退職前の比較的に早い時期(私の勝手な感想です)に弊社への再就職を打診されましたが、公共交通業界の知識が乏しい中で、さらに地方のローカル鉄道は、少子高齢化による人口減少やモータリゼーションの進展、また未曽有の新型コロナ禍の影響等により極めて厳しい環境にあることを認識しており、正直、私に務まるのかと憂慮もあり一定の時間をいただいたと記憶しています。
思いがけない再就職先となりましたが、第三セクターの会社として、沿線地域の皆さんの生活の足を確保するとともに、県内外からの観光客等による交流人口の拡大などにより地域の活性化や地域振興に資するという役割を果たすべく微力ながらポジティブに取り組んでいきたいと考えています。
2.東西両線のご紹介
高知県は、四国の南半分の太平洋に面した東西に長い扇形の地形をしており、西に足摺岬、東に室戸岬を有し、海岸線の長さは700㎞超に及びます。また県土の森林の占める割合は全国一位の84%となっています。
ごく簡単なご紹介となりますが、弊社は、県西部に「中村・宿毛線」(通称「四万十くろしおライン」)、県中央部のJR路線を挟み県東部に「阿佐線」(通称「ごめん・なはり線」)と東西両線の運営を行っています。
「中村・宿毛線」は、県西部の日本最後の清流と称せられる四万十川中流域の窪川駅から西へ高低差45mをカバーする全国的にも珍しいループトンネンルを経て海岸沿いを走行し最下流域にある中村駅を結ぶ中村線(43.0㎞)、さらにそこから四万十川を横断し西部に足を伸ばした宿毛市(すくもし)までが宿毛線(23.6㎞)となります。特急あしずり号が高知駅まで、特急しまんと号が高松駅まで相互乗り入れしています。 「ごめん・なはり線」は、日本最後のローカル新線として平成14年7月1日に開通しました。本県東部の南国市と奈半利町を土佐湾沿いに42.7㎞全21駅で結び、全ての駅には、「アンパンマン」を生み出した高知県が誇る漫画家「やなせたかし」先生に考案いただいたキャラクターが存在する全国でも珍しい鉄道です。
なんと、「中村・宿毛線」にも「やなせたかし」先生デザインの「サニーくんとサンコちゃん」のラッピング列車「だるま夕日号」が存在すること、入社を機に承知しました(大変失礼しています)。
3.東西地域間の交流拡大を目指して
代表者の肝いりのプロジェクトの一環として、3年前から企画・イベントツアーの企画・商品造成に本格的に取組んでいます。
企画・イベントツアーでは、県外からのお客様の利用促進はもとより、とりわけ県内地域の皆さんに常日頃、訪れる機会が少ない地域に東西路線を利用し足を運んでいただく機会を提供し、東西地域間の交流拡大を促進し地域活性化を図ってまいります。
こうした取組みを通して、弊社鉄道に関心を高めていただきファン層が広がればと考えています。
企画・イベントツアーは、沿線自治体や観光事業者等のご協力の下、東西両線の地域の歴史や文化等の特性を生かしたウォーキングツアーや、地域ならではの特産物の収穫や壮大な自然を満喫する体験ツアー等、両路線で小規模ながらも各々年間50本ほどの商品を造成しています。
中でも、「中村・宿毛線」の「海の秘境 柏島クルーズ&大堂海岸絶景ウォーク」は、四国西南地域の大月町の中で、さらに西南端に位置する柏島・大堂エリアで柏島の海で育った「マグロ丼」を味わい、柏島の透き通った美しい海をグラスボートで遊覧。加えて足摺宇和海国立公園に指定されている大堂海岸の高さ50~120m超の海食崖の絶景を遊歩道から満喫いただけるなど、メニュー豊富なツアーで人気が高く遠くは県外の方や高知市等から参加いただきました。
また、「ごめん・なはり線」の「甘い夏の味覚を堪能 伊尾木洞とライチ収穫ウォーク」は、昨春に放送された本県出身の植物学者牧野富太郎先生がモデルのNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「らんまん」の初回ロケ地「伊尾木洞(安芸市:国の天然記念物(シダの群生))」の人気にあやかり洞窟の探検と夏の味覚ライチの収穫等がメニューの新商品でしたが、朝ドラ効果も相俟って成功裏に終わりました。
昨年、「ごめん・なはり線」では、新型コロナ禍を経て4年ぶりに「ビールdeトレイン」と銘打ったツアーを実施しました。参加者は、まだまだコロナ禍前までには戻りませんが、「土佐の高知」のお酒好き、地元テレビ局の取材もある中で大いに盛り上がっていました。私も初参加でしたがお構いなくお客様に交じり、ついつい・・・の状況でしたが、次回の開催の際も参加しようと思っています(笑)。
企画ツアーの中には、リピーターのお客さまが多く今では定番となった人気商品もあります。その一方、試行錯誤の企画ながらも、催行人数に満たずに残念ながら中止となったケースもありますので、こちらはポジティブに新たな趣向を凝らした企画を展開してまいります。
4.追い風に大きな期待を寄せて
高知県の推計(令和5年11月下旬)によりますと、本県を訪れた県外観光客数はこれまでで過去最多(平成30年441万2千人)を上回る勢いだとお聞きしています。
これもひとえにNHK朝ドラ放送「らんまん」の効果を最大限に生かすべく行政や観光業界、地域の方々が一体となった取組みの成果であり、弊社鉄道の利用増に繋がる追い風になっています。
こうした余韻に浸る中、来春(2025年)のNHK朝ドラが「アンパンマン」を生み出した本県出身の漫画家やなせたかし先生と小松暢(こまつのぶ)夫妻がモデルの「あんぱん」の放送決定が発表され、県民の驚きとともに県内外からの鉄道利用者が増加することに大きな期待を寄せています。
また、高知新港に寄港する大型外国客船や台湾・高知龍馬空港の直行便等により増加傾向にあるインバウンドにも関係機関等への企画ツアーの提案等を通して利用促進に取組んでまいります。
5.安心・安全な輸送確保の取り組み
昨年、弊社では思いも掛けない土砂流入による事故や倒木事故が相次いで発生してしまいました。
社員一同、より一層気を引き締めて安心・安全な輸送の確保に努めてまいります。(他社さんも同様かもしれませんが)弊社では、年末になると次年度の「事故防止」の標語について、役員を含む全社員に対し募集を行っています。
私も今回初めて応募しましたが、中々の出来栄えだと自負しております。社員数十名の選考委員により年間標語と四半期標語が今後決定される流れとなりますが、上司への少しの配慮も加わり、ともすれば選定されるのではないかと期待しています(笑)。
6.結びに~社員総力で次世代へ
人口減少や車社会への移行等により地方ローカル鉄道の経営は厳しさが増すことを避けられませんが、一方、ローカル鉄道は、地域の皆様の日常の生活や県内外から訪れる観光客等の移動手段として重要な役割を担い、地域の経済活動の基盤となり地域経済への波及効果を生み出すなど、地域に必要不可欠な貴重な社会インフラであります。
弊社の使命である役割を果たすべく関係機関等との連携協調の下、社員一丸となって取組みを推進し、県内外の皆様から信頼され愛され、いつまでも走り続ける鉄道会社でありたいと考えています。
◆鉄道の存続へ、地域と共に
当社は開業以来、「選択と集中」という名の下に収益の範囲内で設備投資や修繕に取り組んできましたが、2023年6月には、老朽化した枕木が原因による電留線での列車脱線事故が発生し多くの方にご迷惑とご心配をおかけしてしまいました。開業から26年を経過する中で、従来どおりのやり方では施設・設備の老朽化に追いつかなくなっており、これまでとは“次元が異なる”安全のための投資や修繕を緊急的に実施するべく、事故直後から長野県や沿線市町と協議を開始すると共に、安全最優先の経営方針を今一度全社内へ徹底し、社員一丸となって取り組んでいるところです。
また将来にわたって鉄道を存続していくためには安全の確保は至上命題であることは論を待ちませんが、一方でサービスレベルの向上による旅客者数の増加や経営の効率化による持続可能な経営体制の確立もまた重要であると考えています。
昨年12月には、長大な設備のスリム化およびICカード乗車券の導入にかかる国庫補助について、長野県知事や沿線市町と一緒に国土交通大臣へ支援制度の創設を直接要望する活動も行うなど、こうした地域の皆さまのご支援を大変心強く感じるとともに当社に対する期待の大きさをあらためて感じまた。
第三セクター鉄道をはじめ地域鉄道を取り巻く環境は時代を追うごとに厳しさを増していますが、沿線地域との共働、そして社内一丸となった各種の施策を通じて、これからも地域の期待に応え、地域に愛される鉄道会社であり続けて参ります。